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名古屋一日研修会 |
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名古屋の研修会も昨年10月以来ですから、本当に久しぶりです。
いつものように講演や心をみつめるワークショップの他に、固定種の種の重要性や家庭でできる野菜の栽培について説明をしてもらいました。
スプラウトやきのこの栽培が家でもできるので、これからくるであろう食糧危機に備えてとても大切だと感じました。みなさんも熱心にお話しを聞いたり質問したりして有意義なひとときでした。
私の国内での講演会は少なくなっていくかもしれませんが、海外に出ていてもスカイプなどを使って聞いていただくような体制を整えていきたいと思っています。
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東京一日研修会 |
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東京で久しぶりの一日研修会を行いました。 蓼科から東京に入りましたが、とても涼しかったですね。
初めてお会いする方も何人もいらっしゃいましたが、一家5人で参加して下さったご家族は、中学生や高校生のお子さんたちも熱心に耳を傾けていました。体調がすぐれないと言ってた女性は、東京から帰っても疲れてなくて気分が良かったと報告してくれました。きっと天上からの大いなる光が皆さんに注いだことでしょう。又、天からの声で「中丸薫に会いに行くように。」と言われて遠くから来てくれた男性もいました。
5時に研修を終えて、そのまま東京駅から次の研修地の名古屋へ向かいました。 |
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蓼科の乙女滝 |
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孫たち一家と一緒に蓼科で夏休みを過ごしました。
蓼科中央高原にある乙女滝はマイナスイオンが通常の1,000倍と言われ、水しぶきを浴びてとても気持が良かったです。孫たちも水遊びをしてはしゃいでいました。
私が太陽に向けて手を回すと、黄金の光が降りてきてキラキラと輝いていました。
やはり大自然の中に入ることが肉体に取っても魂に取っても素晴らしい栄養になることを実感しました。
皆さんも疲れたなと思ったら、大自然の中に入ってみて下さい。 |
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【2015年08月19日】クリント・イーストウッド |
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クリント・イーストウッド |
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8月15日、第二次世界大戦が終わってから70年目という終戦記念日を迎えましたが、皆さんはどのような思いで過ごされましたか。 そんな中、私が思い出したのはクリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」という戦争映画です。アメリカからと日本からの2つの視点でを作られた素晴らしい映画でしたね。日本に対する関心も深いんでしょうね。 私が彼にお会いしたのは「荒野の用心棒」などマカロニ・ウエスタンと呼ばれるジャンルの映画をヨーロッパで主演し、ハリウッドでも活躍し始めていた頃です。素直な人柄のハリウッド・スターで、ボストンバッグひとつ持ち、スニーカーをはいてこれから旅立つんだと颯爽と握手をして去っていった姿が印象的でした。その後、俳優として活躍するだけでなく、監督業にも進出して「許されざる者」とか「ミリオンダラー・ベイビー」など見応えのある映画でアカデミー監督賞も受賞し、次々に素晴らしい映画を撮っていますね。 私は、いつか輪廻転生のストーリーを元にした映画を作れたらなという夢を持っています。ロンドンでシンポジウムをしても、アメリカでシンポジウムをしても死んだらどうなるんだろうと怯えている人が大勢います。私は1976年に霊的な体験をしました。魂は何度も生まれ変わり、時が経つとあの世からこの世にやってきて、死を迎えると肉体を置いてあの世に帰ることを繰り返します。新たな約束をして親子になり、夫婦になる人と約束を交わしながら私たちの魂は新しい肉体をいただきます。お母さんの胎内で3ヶ月くらいすると心臓の鼓動が聞こえ始め、魂はお母さんの胎内に飛び込んでくるのです。これまでもずっと繰り返し、生命は永遠でこれからも魂は何億年も生き続けていくというコンセプトがわかれば人々の生き方は変わってくるはずですね。 私自身も1976年に霊的な体験を通していつ、どこで、何人として生まれたということがわかり、学んだこともない言葉が口をついて出てくるということを身を持って体験しました。国際政治を学び、国際政治評論家として歩んでいた私に取って、命は魂の記憶として生き続けているということは、新たな人生感を芽生えさせ衝撃的なものでした。日本で忙しくしていたマスコミの世界を離れ、20世紀後半世界を動かしている人たちと出会う中から一握りの人がこの世界を牛耳っているということがわかり始めていました。又、マスコミもそういう人たちが牛耳っているということがわかり、世界が本当に平和な世界になる為には、真実の情報と意識改革をすることによって、その光のネットワークで世界を変えていくことだと確信したのです。そこで太陽の会と国際問題研究会を立ち上げ、セミナーや本を通して皆さんにこのコンセプトを伝えてきました。 9月には入ったら改めてロンドンやウィーンに行き、シンポジウムや講演会を続けていくつもりです。みんなが永遠の生命ということを聞いたらすごく安心感が生まれたと言っていましたが、このことをこれからも伝えていきたいものです。 ルネッサンスの時代は絵画や音楽を通して人々の心に良いものは残り、何百年という時を越えて生き続けていますが、本当に良い物を通して意識改革は広がっていくのだと思います。今の時代にそれができるのは映画ではないでしょうか。 私はスピルバーグやコッポラ監督にもお会いしましたが、私が映画を作る時には応援しますとおっしゃって下さいました。終戦記念日を迎えて、イーストウッドのことを思い出しながら、そういう時が訪れるということを感じながら綴っています。 |
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ガンジー首相 |
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CNNのニュースをテレビで見ていたら、世界中で災害が起こっていますが特にインドで大変な洪水が起こってますね。腰まで水につかってという映像が流れていました。それを見ながらインディラ・ガンジー首相のことを思い出しました。彼女の父ネルーはインドの初代首相、息子のラジーヴも首相という政治家一家です。 私は彼女に独占会見をする為に初めてインドを訪れました。ガンジー首相は経済方面では少し弱いかなという感じを持ちましたが、女性でありながらあのインドをまとめ上げる政治手腕を持っていました。今は中国に追いつきそうな12.5億人を越える人口を抱え、ITの技術も駆使しながら名実共に大国の仲間入りをしていますね。 彼女は残念なことに最後は暗殺されてしまいました。イルミナティに支配されている政権は何らかの紛争の種を蒔かれているんです。インドはイギリスから独立しましたが、カシミールという火だねだったのです。狂信的なカシミールの人がカシミールの独立を願ってピストルでガンジーを暗殺しました。 考えてみれば日本も第二次世界大戦で負けた時、ソ連との間には北方四島、中国との間には尖閣列島、韓国との間には竹島というようお互いに仲良くしようと思ってもなれないものを残されてますね。こういうことを国際政治の上で知っておかなくてはいけません。闇の権力に支配されているマスコミがいつも問題をあおり立てることによって、それぞれの国と仲良くなれないんです。私たちは真実の目を持って外交関係を見なくてはいけません。そしてひとりひとりが自己確立して素晴らしい政治家を選び、素晴らしい政党を支持していくことが望まれます。個々人が国際政治を見る目を養わないと今後の日本はただただマスコミに煽られ、真実を知らないままに終わってしまい大変なことになると思います。 世界の異常気象を見ながらそんなことがふと思い出されました。 |
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カダフィ大佐の家族 |
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カダフィに単独会見を申し込み、実際カダフィに会ってみるとボディガードもいないし、彼自身は小さなプジョーの車に乗っていましたね。「カダフィ大佐のお家はどこですか?奥様にもお会いしたいのですけど。」とお願いしたら、側近の人が「明日の朝5時に誰も連れないでひとりでホテルのロビーで待ってて下さい。お連れしますので」と言われました。次の朝、案内する人と運転手と二人がやってきて、車で1時間以上かかる砂漠の一軒家に連れていってくれました。顔にマスクをしたカダフィ大佐と奥様、そしてふたりのお子さんが出迎えてくれました。私の出会った中東の王族は豪華な宮殿に住んでいましたが、彼のお宅は丸太でできた簡素なお家でした。奥様は元々看護師さんだったとか。息子さん達が英語を勉強しているというので「私が、今何歳ですか?」と尋ねたら「11歳です。」と英語で答えるのを聞いてとてもうれしそうな父親の姿を垣間見ました。石油から上がる収益で若い夫婦にはおうちを1軒支給したり、税金も無税、福祉政策もしっかりしていて学校とか病院も無料でというように国民に色々な便宜を計っていたんですね。
アメリカのドルが基軸通貨ではなく、アラブやアフリカの人たちが使える通貨を作ろうということで大量の金を買い集め、いよいよ新しい通貨を発行しようとしていた時にアメリカやNATO、いわゆるネオナチがカダフィを惨殺するような形でそこにある金を全部持っていき、リビアをめちゃくちゃにしてしまいました。 最大のテロ国家は何処でしょうか? マスコミの言うことだけを聞いていると実態がわかりませんね。しかし、真実は少しずつ歴史上にきざまれていくことでしょう。
ヨーロッパではアメリカが中東でやったことに対するすごい批判があり、カダフィやフセインに対しては好意的な意見もあるそうです。この間私がインタビューを受けたイタリアの特派員は、私の撮ったインタビュー映像を見てカダフィやフセインの実像を知りたいと言っていました。
映像的にカダフィ一家の写真を公開するのは初めてだと思うんですね。 私が奥様に会いたいと言ったからこのような出会いが実現しました。皆さんの中にはカダフィに対してこのようなイメージはなかったと思います。不思議と世界中の色々な人に出会ってきてますが、これからも少しずつ世界の真実をお伝えしていきたいと思います。 |
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カダフィ大佐 |
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インターネットを見ていたらリビアでは大がかりなデモが起こるべくして起こっています。カダフィ大佐のシンボルともいうべき緑の旗を掲げ、カダフィの頃の方がよほどよかったというデモがベンガジから始まって色々な所で起こっているようです。
私がカダフィ大佐に興味を持ったのは、次のようないきさつを知ったからです。かつてリビアは王国であり、カダフィ大佐たちは王族がロンドンのクラブで石油から生まれた富を湯水のように博打に使っているのをが見て決起し、誰も殺さず血を流すこともなく無血革命を行い政権を取ったということでした。それで、カダフィは大佐という肩書きのままリビアのトップになったのです。その当時、アメリカは中東とアフリカをにらむ意味で最大の基地をリビアに置いていたんですが、カダフィはそれも血を流すことなく追い出したのです。後に私がワシントンの将軍に「どうしてリビアから撤退したのですか?」と聞いたことがありますが、「ものすごい人の波が押し寄せてきて、そこに銃を発砲したりすれば面倒なことになるということで撤退しました。」と語ってくれました。 又、欧米の石油会社がリビアの石油利権を握っていましたが、これも追い出して国有化したのです。この二つのことでアメリカをはじめ欧米の国々の中にはカダフィのことを「アラブの狂犬」と呼んで何度も何度もつぶそうとしたいきさつがあったのです。
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フォード大統領 |
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これから再び世界に出る準備をする中、過去を振り返ることがあります。私は、20世紀後半世界を動かしていた人たち約200人に自分でアポイントメントを取って独占会見をしてきました。
その中でアメリカのことを思うとき、1950年代に留学した頃はアメリカ自身が一番輝いていた時ではないかと思います。その後フォード大統領やニクソン大統領にお会いしたことがありますが、フォード大統領は地味な大統領でしたね。しかし、経済的にはアメリカが一番安定していた時かもしれない。アメリカがひどくなってきたのはブッシュ親子がそれぞれ大統領になった時代からです。中東にも色々捏造した理由をつけて侵攻し、イラクやリビアをめちゃくちゃにして、両国とも無政府状態です。今のアメリカはいつ戒厳令が敷かれてもおかしくない不穏な状況になっています。軍産複合体やネオナチのグループとかが中東であれだけ爆撃をしていますが、因果応報の宇宙の法則によってアメリカ自身が非常に不安定な状況にさせられてきていますね。
一方、戦後70年を経て日本人がどのようにして立ち上がっていくかが問われています。政治家も財界人も官僚もマスコミも知らないうちにみんなアメリカの方を向いて言われるままになり、従属国家というか植民地のような状況になっています。TPPでも入ってきたら日本の国民皆保険もどうなってしまうかわかりません。TPPは日本から取り尽くすだけ取り尽くすというアメリカ側の総仕上げと言えるでしょう。
マスコミとは、本来真実を伝えるべきなのにアメリカにべったりで真実が伝わってこない。こうなったら日本に住む私たちひとりひとりが自己確立して自分の身を守っていかなくてはいけません。 予防注射やワクチンを受ければ受けるほどからだが悪くなってしまいます。ロックフェラーやロスチャイルド一族など世界の支配者層はワクチンを受けず、ホメオパシーの治療しか受けていないのです。 私たちも真実を知って自分の身を守っていくことが大切です。
闇の権力に支配されているマスメディアの下で真実を伝えることは難しいのですが、1976年に霊的体験を受けてからこれまで90冊くらいの本を出版したり講演会を通して私が得た真実の情報を伝えてきたので知ってる人は知っているようです。最近、福山のジムに行った時、ある女性から「市の図書館には中丸先生の本が12冊ほど置いてあります」と言われました。 フォード大統領とのことを振り返りながらアメリカが変わってしまったな、日本も知らないうちにあらゆる面でアメリカに搾り取られてしまっているなと感じました。しかし、今の状況の中で政治家ひとりを変えることは難しいですね。彼らがスピリチュアルな世界を求めたいと思えばそのポジションから身を引かなくてはならないのです。
今は、執着を持って地位、名誉、物質に価値を求めていくか、その反対に真実を知り、スピリチュアルな生活をして平和を求めて行く道のどちらを選ぶかの分かれ道にさしかかっています。 自分たちのことは自分たちで守り、その心の光のネットワークで立ち上がっていけます。私はこれまで国内で意識改革をめざして「太陽の会」を主宰してきましたが、これからは世界にその活動を拡げていきたいと考えています。 |
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